Choooooch!!!

Psymeg & Chooch

私のハンドルネームの「ちゅうち」は、旦那と知り合う6年前から使っている。今では私のニックネームになってしまって、本名を知らない友達はたくさんいたりする。名前の意味は特にない。音が可愛いくて、国籍や性別が分からないような名前が作りたかっただけ。ここでは皆さん私が日本人女性って分かってるけどね:P

シルクロードへの道*12

2005年9月19日(月)丹東での結婚式前日
私はお銀さんのブライドメイドなので、今日は午後から二人で花嫁準備に同行した。旦那は、新郎の昌泰君や彼の友人らと明日まで一緒に行動し、飲み明かす。下が証拠写真。

先ず大型商店街ビルの一角にあるネイルサロンで、ネイルアートを施してもらう。中国は、結婚式と式後1週間は新郎新婦が体に身に付ける物全てが赤。 爪も赤なら、下着まで赤。彼女はサンプルで赤ベースに金色のビーズが施されたネイルアートを選んだ。お店の方の話によると、ここでのネイルアート料金は日 本に比べ格安なので、丹東に訪れる日本人がお店に訪れる事があるのだそう。私のように男まさりなお銀さんはこういった女の子らしい事をした事がなく、ネイ ルアートも初めてだったので、どれ位時間がかかるか知らなかった。結局2時間以上かかり、6時の閉店を過ぎてしまい、警備員の方を待たせてしまった。
次は、当日の衣装をチェックしに、婚礼用貸し衣裳店に向かった。お銀さんに私用の衣装ももし借りたかったら選んでいいと言われた。中国へ向かう前に最初は揃いのブライドメイド用衣装を用意しようかとお銀さんから相談があったが(参照はこちら)、 その後準備出来なかったので、日中友好のためにも着物を着てもらえばとても嬉しいとメールがあった。何度か母と着付けの練習をしたが、一式中国へ持参した 後、何ヶ月もの長旅に出るのは酷だったし、日本へ送り返すにも中国の郵便が信用できなかったので、着物は諦めてもらった。その代わりアンティーク着物で 作ったロングワンピース(下北沢にあるアンティーク着物のリサイクル店で生地を選び、オーダーメイドした。下北沢にはこういったお店がたくさんある。)を 用意して来たので、その必要はなかった。ちなみに中国でのブライドメイドは、欧米のように揃いの衣装を仕立てるのは稀で、普通は正装でなくとも新品の服を 着ればいいようである。その後、婚礼後に履く裾直しをしたジーンズを取りにジーンズショップへ行った。さすがにそれは赤色ではなかったが、赤色でなくとも 婚礼後は新郎新婦も新品の服を着る習慣がある。

全部の準備が終わり、もう一人のブライドメイドを務める彼女の学生時代の友人(仮名:愛さん)と合流し、お銀さんの実家のアパートへ向かった。今日 はここで3人で泊まる事となる。彼女のお母さんが用意してくれた夕食をさっと食べた後、式当日は時間がないので、近くの美容室で翌日のために髪をセットし てもらった。セットし終わると、お銀さんの幼なじみの男友達らが近くで飲んでいるので、来るよう連絡が入った。彼女の団地の向かいにある野外の中華焼き鳥 屋へ行ってみると、ワイワイ呑んでいた。少しの間呑んでいると、お銀さんのお母さんが明日は早いからと迎えに来た。お銀さんはもう少し呑んでから帰るとの 事で、愛さんとお銀さん宅へ戻った。

お銀さんの家族と愛さんと彼女の帰りを待っていたが、お銀さんがいない上、愛さんは片言しか英語が話せないため、質問されても少し難しい話になると 何を話しているか解せない。待てどもお銀さんが帰って来ず、もう11時を過ぎたので、寝る支度をしていると、ようやく花嫁が帰宅。かなり酔っ払っているに もかかわらず、家族から当日自分が何をしたらいいのかと質問攻めに遭う。その晩は、お銀さんのお母さんのダブルベッドに3人仲良く横に並んで寝た。彼女は 私達と仲良く寝れるのが嬉しいのと翌日の結婚式でとにかく興奮していると話していた。